
バンド活動、花、うーめん。5代目新社長・高橋巧に聞く【前編】
1897年(明治30年)の創業からまもなく130年となるきちみ製麺。
これまで長い間、白石温麺の味を伝え続けてきました。
そんなきちみ製麺は2022年、社長が4代目から5代目へと変わりました。
4代目の吉見光宣から新たに社長を引き継いだのは、青森県八戸市で医薬品卸売会社を営む高橋巧社長です。
きちみ製麺と白石温麺に惚れ込んで事業を承継した新社長とは、どんな人物なのか。
前編では、その知られざる素顔をたっぷりとお伝えします。
400年続いてきたうーめんの味を、さらに100年後へ
高橋社長は八戸東和薬品会社という、ジェネリック薬品を薬局などに卸売する会社の2代目です。
2012年に32歳で父から会社を引き継ぎ、若い感性で社内の仕組みや仕事を効率化し、業績を上げました。
約10年が経過し「この経験を活かしてもっとできることはないか」と考えていた時に、きちみ製麺のことを知ったそうです。
高橋社長:白石温麺の歴史は400年。吉見家にも同じくらいの歴史があります。400年残ってきたのは、よいものだから。それをさらに100年後まで伝える仕事をしたい。そこに使命感のようなものを感じました。
遠く青森から、白石市の食文化を残す担い手として手を挙げた人物。
ここにいたるまで、どのような道を歩いてきたのでしょうか。
CDを聴きながら花を届け、札幌市内を爆走

画像はイメージです
高橋社長は高校までを八戸で過ごし、札幌市の大学へ進学。大学卒業後に就職したのは、葬儀の供花を主に取り扱う生花店だったそうです。
高橋社長:音楽が好きだったので、花屋なら配達しながらずっと音楽が聴けると思ったんです。あと、美しい庭や公園が好きで、庭師になりたかったんですけど、庭師は経験者じゃなきゃダメだったから、花屋ならいいかなと。
ワゴン車にたくさんの花を詰め、リュックには30〜40枚のCDを詰めこんで、札幌市内を爆走していたという高橋社長。
午前中はお葬式が終わった後の供花を引き取りに行き、午後は夕方のお葬式に間に合うように新しい供花を配達する日々だったそうです。
高橋社長:半年後には供花の製作も任せてもらえるようになったんですけど、これがすごく面白かった。
綺麗なものができたら嬉しいし、お客さまに喜んでもらえる。
自分で作ったものを納品して喜んでもらえるのは、嬉しい経験でしたね。
好きな音楽、美しい花、お客様が喜ぶ顔。
これが、高橋社長が社会人としてスタートした頃に見ていた景色でした。
大学時代は音楽活動の裏方をしていた

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きちみ製麺の社長就任後、折に触れて「バンドみたいな会社にしたい」と発言する高橋社長。
この言葉の原点には、大学時代のライブハウスでの経験があります。
スタッフとして照明を担当したり、インディーズレーベルのCDの営業をしたり、主に音楽活動の裏方として走り回っていたそうです。
高橋社長:バンドって一つの社会活動なんですよね。曲を作るだけじゃなく、イベントやライブを企画してスケジュールを組んで、宣伝して、お金や人を集めて。そうやってみんなで作ることが面白いし、自分たちで作ったものをお客さんに届けて楽しんでもらって、それがお金になったら嬉しいじゃないですか。
そうやって一つ一つ、チームで作っていくのが面白かった。その感覚は今でもずっと持っています。だから会社でも、情報共有を大切にしてます。数字でもなんでも、みんなで同じものを見ていれば、同じ目線で話ができるから。
社長の自分だけが情報を持っていて、みんなはそれを知らないから話ができないみたいなのは嫌なんです。
「この数字がこうなってるからこういう判断だね」って、一緒に話ができた方が、チームになれるじゃないですか。そういうことが、すごく大事だと思っています。
父から引き継いだ八戸東和薬品でも「事実」や「数字」をスタッフみんなで共有してコミュニケーションを重ね、会社の仕組みを少しずつ改善したといいます。
高橋社長:社長になった時点で、良くも悪くも先輩社員がいなかったんですよね。32歳でわからないことだらけなのに、誰にも教えてもらえなくて、なんでもかんでも自分たちで考えてやるしかなかった。それこそ大学時代のバンド活動だったり、ベンチャーのような感覚でやっていました。その時の経験が、今もずっと生きています。
社長になって、人生が面白くなった
きちみ製麺でも、ロゴマークのリニューアルや、つりがね庵のリノベーションなど、次々と新しい挑戦を繰り出す高橋社長。
しかし、高校時代までは世の中に対して納得がいかないことが多く、特にやりたいこともない、意欲のない生徒だったといいます。
高橋社長:八戸東和薬品の社長になって、自分の責任でいろいろなことを決められるのがしっくりきました。その時は経営の経験なんてぜんぜん無かったから、「ビジネスってこうなってるんだ」とか、「銀行との付き合いってそうなんだ」「給料ってそうやって決まるんだ」って、世の中のことがどんどんわかるようになるのが面白かったし、それらを元に自分の責任で経営判断をしていくのが自分に合っていたんだと思います。もちろん、大変なことはたくさんあるんですけど、知的好奇心が満たされていく感覚があって、それまでよりもずっと楽しくなった。社長になったことで、自分は救われたと思います。
そうして会社の在庫量を改善し、DX化を進めて、売上は伸びていきました。
しかし、経営の次の一手を考えたとき、特に「やりたいこと」は思いつかなかったといいます。
高橋社長:人口がどんどん減っていく時代に、地域の中で限られた需要の奪い合いをしてもしょうがないじゃないですか。もともと、僕は競争とか、お金儲けに興味があるわけでもない。じゃあ自分にできることで喜んでもらうには何をすればいいんだろうと考えたら「事業承継」なんじゃないかと。自分の会社の場合はたまたまうまくいったけど、困っている会社がいっぱいあるのはわかってたんです。それで銀行に相談していた時にきちみ製麺を紹介してもらって、「これだ」と思いました。
事業承継なら、思いもよらない仕事ができる

実は高橋社長はきちみ製麺のほかにも2つの会社を事業承継しており、2025年秋にホールディングス体制へと移行しました。
最初に引き継いだのは、同じ青森県内の古くなった温泉施設(介護施設に用途変更)。一番新しいのは、東京・渋谷にある撮影用小物のレンタルサービス。地域や業態の幅の広さに驚かされます。
高橋社長:新規事業を自分で一から考えたら、自分の考えの範囲を出ないですよね。でも廃業した温泉の話を聞いたとき「え、俺、銭湯のオーナーになれるの?」ってワクワクしたんです。放っておいたら無くなってしまいそうなものを続けることなら、誰かを出し抜こうなんてしなくていいし、喜んでもらえるし、僕も楽しい。『三方よし』なんですよね。それがすごく、性に合ってた。音楽でいったらジャズをやるのか、ヒップホップをやるのか選ぶみたいな、それが僕にとっては『事業承継』だったんです。
まるでバンド活動をするように、壮麗な花輪を創るように、各地で存続に悩む会社を活き活きと蘇らせる高橋社長。
後編ではいよいよ、きちみ製麺と白石市への想いについてお届けします。
