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400年の価値×誠実な経営。5代目新社長・高橋巧に聞く【後編】
100年後への挑戦

400年の価値×誠実な経営。5代目新社長・高橋巧に聞く【後編】

1897年(明治30年)の創業からまもなく130年となるきちみ製麺。
これまで長い間、白石温麺(しろいしうーめん)の味を伝え続けてきました。

そんなきちみ製麺は2022年、社長が4代目から5代目へと変わりました。
4代目の吉見光宣から新たに社長を引き継いだのは、青森県八戸市で医薬品卸売会社を営む高橋巧社長です。

きちみ製麺と白石温麺に惚れ込んで事業を承継した新社長とは、どんな人物なのか。
後編では、きちみ製麺と白石市への想いをお伝えします。

【前編はこちら】

 

高橋社長ときちみ製麺をつないだ“3つの縁”

父から継いだ会社の生産性を向上させて売上を伸ばし、その経験をさらに社会に活かすため、事業承継できる会社を探していた高橋社長。相談していた銀行からきちみ製麺を紹介され「これだ!」と思ったそうです。

高橋社長:業種には特にこだわりは無かったんですけど、「100年続くことをやりたい」という欲求がありました。音楽でも詩でも、100年残るものには普遍的な価値がある。そういうものに携わることに憧れがあって。白石温麺はこれまで400年も続いてきた食文化なのだから、100年先まで残す価値があるものです。

長い時の流れに耐えてきた、残すべき価値を未来につなぐ。そんな高橋社長の志と、きちみ製麺が出会った瞬間でした。加えて決め手となったのは、高橋社長が持つ信条だといいます。

高橋社長:僕は「ご縁が3つ重なったら運命」と思うようにしているんです。2つまでならあるけど、3つ重なることってなかなか無いじゃないですか。

1つめは、「100年残す企業」としてぴったりだったこと。
2つめは、札幌時代に白石区に住んでいた(※1)こと。
3つめは、八戸東和薬品の僕の大好きな社員が、体調を崩して何も食べられなくなった時に「温麺だけは食べられた」(※2)と言っていたこと。

「こんなにご縁が重なっているなら、やるしかない!」と、決意して、会長(当時は社長だった吉見光宣)に会いに行きました。

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※1 明治時代のはじめ、旧白石藩(現・白石市)の人々が現在の札幌市白石区に移住して開拓した歴史があり、両者は現在も友好都市として様々な交流が行われています。

※2 白石温麺は、心優しい息子が病気がちな父親に食べさせるために油を使わない麺を作ったことがルーツとされており、このエピソードは白石温麺の特徴を裏付けるものとなっています。

 

2つの情熱が出会い、新しいきちみ製麺が生まれた

4代目と5代目

 

こうして高橋社長ときちみ製麺は出会い、4代目社長と、未来の5代目社長の対面が実現します。

高橋社長:会長に実際に会ってみて「やっぱり間違いじゃなかった」と思いました。誰よりも白石温麺を愛していて、「自分はどうなってもいいから温麺を残したい」という尋常じゃないくらいの熱量、パワーに圧倒されました。「かっこいいな」と思いましたね。

高橋社長はこの時、光宣社長宛に直筆の手紙を書いて持参していました。きちみ製麺の行先について模索していた光宣社長の心に、この手紙はまっすぐに届きました。

高橋社長:「僕らしかいません。僕らに任せてください」と、熱意を伝えるお手紙を書きました。突然やってきて、100年以上続いてきた会社をくださいって言うんだから、誠意をきちんと伝えなきゃと思って。

この出会いから程なく、会長はきちみ製麺の未来を高橋社長に託すことを決断します。

高橋社長:僕らのような、会長からしてみればわけのわからない連中にきちみ製麺を任せてくれたことが、嬉しかったですね。400年続いた食文化も、つなぐ人間がいなければ消滅してしまう。僕らがそれを担うんだという、強い使命感を感じました。

運命の出会いを経てお互いの想いを交換し合い、2022年、ついに、八戸東和薬品によるきちみ製麺の事業承継が成立しました。

 

「白石温麺には伸びしろしかない」

高橋社長が5代目となってから今年で4年。きちみ製麺はこれまで積み重ねてきたものも大切にしながら、高橋社長のもと、さまざまな新しい挑戦をしてきました。

吉見家伝統の古民家をリニューアルした『つりがね庵』は、その代表格です。

高橋社長:思った以上にお客様が来てくれて、ありがたいです。家族連れが増えたのが嬉しいですね。3世代で来てくれるとか、以前は無かったですから。それと、最近わかったんですけど、きちみ製麺の直売所って、白石市内で使える商品券の使用先の第2位なんだそうです。だったらこっちもリニューアルして、もっと楽しんでもらえる場所にしたいなと思って、計画中です。

話を聞くたび、常に新しいことが飛び出してくる高橋社長。今、白石温麺の未来についてどのように考えているのでしょうか。

高橋社長:「伸びしろしかない」と思います。温麺は白石市と仙台周辺の地域ではよく知られていますが、全国的な知名度は正直に言って今ひとつ。でも、400年続いてこの知名度だってことは、むしろ「伸びしろしかない」ってことですよ。

何より、シンプルに美味しいですよね。「きちみの麺が一番うまい」と思って食べています。美味しいものを作るって、当たり前のことのようですけど、すごいことですよ。社員の人たちが真面目に、誠実に作っているからこそ、美味しいものができるんです。

 

お客様とスタッフが築いてきたものを大切に、未来を創る

異業種による事業承継というといろいろな軋轢が起こる場合もありますが、高橋社長はきちみ製麺に長く勤めている社員たちの考えや技術、また、これまできちみ製麺を愛してきてくださったお客様をとても大切にしています。

高橋社長:きちみ製麺には応援してくれる人、ファンがとても多いんです。応援してもらえるって、一番大事です。それは僕が作ったものじゃない。これまでの積み重ねがあるからこそです。ずっときちみの温麺を買ってくださっているお客様がつりがね庵に来てくれて、「来てよかったです」って言ってもらえる。こんなの、なかなか経験できることじゃないですよ。

時代の変化の中でこの地に白石温麺を残していくことは、多くの人の願いである一方、さまざまな課題があるのも事実です。でも高橋社長は「ビジネスをちゃんとやれば、ちゃんと盛り上がる」と言います。

高橋社長:シンプルに目の前のお客さまに喜んでもらう。それをずっと続ける。それだけです。経営って、真っ当にやれば、とても良いことなんですよ。僕はその力を信じてます。

ある有名な神社の神主さんから、日本の文化は「教え」ではなく「道」だという話を聞きました。教えには答えがあるけど、道はずっと続いていくもの。「今できること」を愚直にやり続けていくのが日本人のやり方。

きちみ製麺の歴史を聞いても、その時代ごとに経営者や従業員が一生懸命考えて形にしたものがつながった結果として今があることがわかります。僕は5代目ですけど、6代目をやる人がまた変えたっていい。僕は天才的な経営者ではないし、ブームを作るようなタイプでもないので、一つずつ、今できる最善を尽くしていくだけです。良いものは、そうやって結果的に残っていくものだと思います。

 

夢は大きく、道は一歩ずつ

「100年残す」コンセプトを大切にリニューアルしたつりがね庵と、カウンター席前の植栽

 

謙虚で誠実な言葉を紡ぐ高橋社長ですが、その夢は大きいです。

高橋社長:つりがね庵を宮城県でナンバーワンの観光地にしたいんですよね。少しずつだけど近づいてると思いますよ。長期スパンの目標としては、海外進出。乾麺の技術って、あまり海外に行ってないんですよ。アメリカに温麺の製造工場を作れたら、普通にずっと、温麺が残りそうじゃないですか。僕は自分の名前を残すことには興味がなくて、温麺が残ればそれでいいんですけど、白石は小さな街なので、海外進出が実現したら銅像くらいは立つかもしれないですね(笑)

伝統を守りながらも、一人ひとりが力を合わせて、楽しみながら、今、目の前にいるお客様に喜んでいただく方法を誠実に考え続ける。高橋社長と歩み始めた「古くて新しいきちみ製麺」に、どうぞこれからもご期待ください。